松村日記
この度、2025年2月16日より3月1日の2週間で、香港のPrince of Wales Hospitalへお伺いさせて頂き、11日間で合計23例のCTOを治療させて頂きました。中国の様々な病院から来られたCTOの患者様はほとんどがretry症例で, 大変充実した2週間を経験させて頂きました。
ご機会を頂いた土金先生、Eugene先生、永松先生、景山先生、サポートを下さった業者様や、出張を快く快諾してくださった下地先生に心より感謝を致しております。
毎日、ホテルの部屋に戻ってから手技の詳細やその日のスケジュールをノートに記載しておりましたので、つたない文章ではありますが、頂いた経験を日記にして共有させて頂けましたら幸いです。
1日目(日曜日)
夜、香港のホテルに到着しました。部屋の電気を沢山つけたままドライヤーを使用するとブレーカーが飛び、真っ暗になることが分かりました。
2日目(月曜日)
朝9時頃にホテルから車で病院に向かいました。所要時間は5分程度でした。最初に医局でテンポラリライセンスやVISAなど、必要書類の確認を行いました。
AM 11時頃にカテ室にお伺いし、Eugene先生、スタッフの方々にご挨拶をさせて頂きました。ドイツやオーストリア、中国本土などからも見学のDrが4人程来られており、自己紹介とご挨拶を致しました。
最初に使用可能なデバイスについてお伺いしました。日本にあって現地で使用できないものは、8Fr ガイドカテーテル、MN3、GN4、 CP-ST、 ZIZAI、メダリオンなどでした。また、SH付きカテーテルもラインナップが乏しく、ほとんどありませんでした。AnteOwlは使用可能でしたが、数に限りがあったようで、日程の途中で切らしてしまうことになります。
カテ着に着替えましたが、靴はクロックスのようなものはありませんでした。代わりに、ゆうに35cmはあると思われる巨大な清掃員のような長靴を履くことになりました。フットペダルがとても踏みづらかったです。
早速1例目が始まりました。「初日はウォーミングアップ」と言われておりましたが、目の前の部屋でCAGがされている患者様は#1近位部から#3 distalまで閉塞している、Long CTOでした。CAGが終わり次第、Ad-hocでCTOを治療するように言われ、短時間でCINEを頭に叩き込んで治療を行う必要がありました。 Primary retroで14時頃に終わり、病院の1回にあるカフェでサンドイッチを食べました。
2例目は順調に終わりましたが、3例目はIVUS guideとなってしまい、難渋しました。今回、香港にお伺いするに当たり、Tip-detectionを自分独りでできるように自施設で練習して臨みました。しかし、実際に現地で行ってみると、CP-STが無いためにADRが成立しなかったり、透視が見えづらくて繊細な操作が難しかったりなどで、想像以上にIVUS guideは難しかったです。何とかCP 8-20でTD-ADRが成立しましたが、終わったのは20時を越えてしまいました。滞在中はRetroのPriorityを高くしなければならないと思いました。
3日目(火曜日)
朝起きると脚が筋肉痛でした。巨大な長靴でフットペダルを操作したせいだと思いました。
ここからは毎朝9時集合でした。この日から、「3時間でwireが通過しない症例はFailureにする」という、時間制限のルールが追加されました。時間制限の理由は、「Live operatorになりたいのなら、スピードをつけないといけない」というEugene先生のご教育と、また、2週間という長期の間カテ室をCTOで占領してしまうために、病院の予定症例を行う時間を作らないといけないという事でした。その通りだと思いました。
同日は2例のCTOを行って時間内に終わり、15時には帰路についたと思います。私の発音の問題もあると思うのですが、ガイディングカテーテルやマイクロなど、自分が意図したものとは違うものが出てきてしまい、困惑しました(Corsair Proを注文→Corsair XSが出てくる. AL10を注文 →SALが出てくる など)。いちいち訂正することはできないので、滞在中は渡されたもので治療をしようと心に決めて手技をしていました。また、ガイドカテーテルのラインナップも非常にバラバラで、あるものと無いものが混在しておりました。こちらに関しても、あるもので治療するしかないので、あまりガイドに関しては深く考え過ぎずに治療を行う事としておりました。
4日目(水曜日)
この日は1例目を順調に終えた後、2例目が問題でした。この症例は1st attemptだったのですが、LADのSTEMIの急性期でまだ入院中の患者様でした。入院中にRCAのdouble CTOを開けようという依頼でしたが、EFが15%しかなく、腎機能も極めて悪い患者様でした。非常にリスクが高いので、Anteのみで短時間のみトライし、難渋する場合は無理をしないで引きますという意思を伝えたところ、快諾していただけました。1st CTOはAnteで通過しましたが、2nd CTOは失ってはいけない#4 distal bifurcationが絡んでおり、dual injectionをしてみると絶対にEF改善後のRetrograde approachが望ましい状況であったので、時期を改めて治療するべきCTOと判断しました。そのため、現地のDrの方々に自分の意見を伝えて了承を頂き、1st CTOのみStentを入れて終了しました。
日本では、ACSの残枝CTOは退院後に再入院で治療することが多いので、この経験はとても驚いたと共に、現地で事故を起こさないために自分なりに予防線を張らなければならないと感じました。
5日目(木曜日)
この日は2例、順調に終わりました。先述したようにメダリオンシリンジが無いため、代わりに小さなロック付きシリンジでtip injectionをするのですが、やはり造影性が悪く、Retroのchannel走行の把握が難しいことが多かったです。IVUSが先に出ていれば、IVUSについているメダリオンを使用することも可能ですが、Wireが通過してからしか出せない雰囲気が多く、難しさを感じました。
また、海外の手技で印象的だったのは、wireが通過するまではすべて自分の自由にやらせて頂けるのですが、wireが通過した後は現地の先生方がdevice(balloonやstentの銘柄やサイズ)を指定し、次から次へと手渡されることです。保険の有無や、お金の問題があるのかもしれません。そのため、wireが通過した後は、頭を無にし、次々と渡されるデバイスを用いてまるでロボットのようにPCIを行っておりました。
6日目(金曜日)
この日は3例でした。先述のように、2日目からは「3時間ルール」のためにタイムアタックのようなPCIがずっと続いておりましたが、この日は翌日のAP CTO学会の準備のために、17時までにカテ室を完全撤収という追加の縛りがあり、非常にタイトなスケジュールでした。
3例目がLADのCTOで、1st attemptで大きなsubintimaが形成されていたこともあり、RCAからseptalを介したRescue retroが必要となりました。しかし、#4PDからseptalへのselectionが難しく、すでに15時半を回っており時間が無く焦ってしまっておりました。入ったseptalを手当たり次第tip injectionして03を操作しましたが、ここは焦らずじっくりChannelを見た方が良かったと、反省しています。難渋していると、操作室に翌日学会に参加される永松先生が到着され、「一番見えてる奥のをちゃんと選んでみたら?」と助言を下さり、そのchannelを通過してCTOを通すことができました。急がば回れでした。私にCTOを教えてくださり、また英語も教えてくださった永松先生と現地でお会いできたことは大変嬉しく、感銘を受けました。
夜は、景山先生が来てくださり、ご一緒に中華を食べました。普段からご指導を頂いているお二人にお会いしてとても安心し、心を支えて頂きました。
7日目(土曜日)
AP CTO clubの学会でした。LADのCTOのLive operatorをさせて頂きました。10時頃から準備を行い、11時から治療を行いました。景山先生が2nd についてくださりました。この症例も色々ありましたが、なんとか放映時間内に通過することができました。夜は懇親会に参加しました。AP CTO clubの10周年を記念する会で、沢山の海外の先生方が来られており、ご挨拶をさせて頂きました。大きなモニターに、土金先生の写真が貼ってあるスライドが沢山流れておりました。
8日目(日曜日)
永松先生が日本に帰られました。お忙しいところ香港に来て下さり、誠に有難うございました。この日はOffの日で、のんびりと過ごしました。景山先生と市街中心部にお土産を買いに行きました。ショッピングモールに日本のチェーンの寿司屋があり、久しぶりに日本食を食べることが出来ました。夜は20時には寝て、二週目に備えました。
9日目(月曜日)
多用していたFine crossの在庫が無くなってしまいました。自分は普段RetroのマイクロはCorsair XSかZIZAIを使用することが多いのですが、現地ではCorsair XSのtip injectionの視認性が極めて悪く(メダリオンが無いことと、透視装置の問題だと思います)、ZIZAIも使用できないため、RetroのマイクロとしてFine crossを多用していました。日本のように、使用したら自動的に補充されるのかと思い込んでいたため、在庫数などを把握せずに使用していましたが、ちゃんと計画的に使用するべきであったと後悔しました。
同日は1例 ante, 1例 retroで無事に通過し15時頃には終わりました。その後、景山先生が「中国に来たら火鍋だ」と、火鍋のお店に連れて行って頂いたのですが、非常にlocalなお店で、英語のメニューが無く、何が書いてあるのかさっぱり分かりませんでした。出てきた火鍋は不気味に赤く染まり、火を噴く程辛く、その日は夜中の2時に腹痛で目を覚まし、1時間トイレから出られませんでした。
10日目(火曜日)
この日は3例で、3例ともPrimary retroの症例でした。2例目で滞在期間で初めてのfailure症例となってしまいました。詳細はご機会があれば共有させて頂きますが、#1-#3 distalまでのlong CTOでRetroが取れず、last resortのIVUS guideも困難でfailしてしまいました。最後TD-ADRが薄皮一枚というぎりぎりの隔壁であったので、あと30分程追加で手技ができれば通っていたかもしれないと今でも思うのですが、先述したようにもともと時間制限の条件を頂いており、タイムアップでした。現地の病院も沢山の患者様がいらっしゃる中で、私がずっとCTO症例にカテ室を使わせて頂いているので、タイムアップのルールはごもっともなルールであると思っております。もっと早く手技を進めるためにはどのようにしたら良かったか、ずっと考え続けております。
3例目もCABG後のcomplex CTOで、気持ちの切り替えができないまま臨むことになってしまいましたが、こちらは何とか通過することができ、ホテルに帰った後は景山先生にfeedbackを頂いて反省をしました。また、この日でAnteOwlが在庫切れとなり、翌日からAltaviewを使用しました。
11日目(水曜日)
朝、景山先生が日本にお帰りになられました。お忙しいところ香港まで来てくださり、feedbackを頂いたり、沢山飲んでお話をさせて頂いたこと、心から感謝しております。
この日はLCXの入口部付近のcomplex CTOを治療しました。一例のみであったので、昼頃に終わり自由時間となりました。今までの症例をもう一度復習したり、ホテルのコインランドリーで洗濯をしたりして、ホテル内でおとなしく翌日に備えました。
時間が空いた時はいつも、「次の日のCTOの予習がしたい」と思うのですが、症例は当日の手技の直前(ほとんどは患者様が入室した後、穿刺が始まってから)にならないとCINEを見せて頂くことができず、予習はできませんでした。
毎日CTOをさせて頂くこの生活もあと2日と思うと、とても寂しくなりました。この頃から、日本に帰りたくは無いと考え出しました。
12日目(木曜日)
この日は2例でした。RCAの入口部からのLong CTOと、LADのCTOで、どちらも悩みながら通した症例でした。今回の滞在で、Intermediate wireとしてMN3が使用できなかったので、UB3とGladius EXに非常に助けられました。特にUB3は、日本では限られた状況でしか使用したことが無かったので、今回多用したことで様々な感触を得て、自分の中でfeedbackを得ることが出来たと思います。そして、そのUB3も本日で在庫切れとなってしまいました。
13日目(金曜日)
最終日でした。3rd attemptのLAD long CTOと、回旋枝のCTOを治療させて頂きました。vessel courseがambiguousなanteのwiringにUB3を使用したい状況でしたが、先述のように在庫切れだったので、Miracle 3を初めて手に触り、vessel trackingをしてみました(Gladiusは血管走行が不明瞭で距離が長かったので、第一選択にはしませんでした)。14時頃には症例が終わり、現地のスタッフの方々にご挨拶をしました。
追記: 14日目(土曜日)
空港の出国審査で別室に連れていかれ、尋問を受けました。現地の代理店のVISA取得の日付が誤っており、不法滞在となっていたようでした。結局罰金を払い、日本に帰していただきましたが、とても怖かったです。
最後に
帰国後にCaseをまとめてみると, 23例中 primary retroが9例, rescue retroが1例でした。IVUS guideの精度が落ちる環境でretry症例を行うとretrograde approachの割合が高くなるのは自然なことだと思いましたが、逆に「半分はantegrade approachで通過している」ということは興味深いと思いました。その観点から症例を見返して考察すると、anteはPWTや古典的なtactile feeling guideのwire rerouteなどで通過している症例が多く、wireの感触を感じながら丁寧に行うantegrade wiringの重要性を再認識した2週間でもありました。
全例successすることを目標にして渡航しましたが、残念ながら1例の患者様でfailしてしまいました。カテ室を出るときに見た、カテ台で寝ていたその患者様の顔が忘れられません。また、successした症例も、自分の足りないところが浮き彫りになった点が大変多く、まだまだ上達しなければならないと痛感しました。
そして全体としては、自分の人生の中で最も幸せな(刺激的で、プレッシャーを感じ、かつとても幸せでした)2週間でした。この滞在のことは一生忘れないと思います。
現地の先生方へ
私のやり方を尊重し、手を出さずに見守ってくださり、しかし手技が終わった後には詳細にfeedbackを下さったEugene先生は、PCIに対して自分では考えたことも無かった美学と知識をお持ちで、それを惜しみなく伝えてくださりました。大変感謝し、尊敬しております。また、自分の症例を嫌な顔一つせずオペレーターを譲ってくださった現地スタッフの先生方、私の聞きづらい英語を聞き取ろうとしてくださったコメディカルスタッフの皆様、現地でサポート頂いた業者様、大変感謝しております。この場を借りて御礼を申し上げます。本当に有難うございました。
土金先生、永松先生、景山先生、下地先生
今回このようなご機会を頂いたこと、誠に有難うございました。今回の2週間は自分のPCI観、人生観がひっくりかえるほどの衝撃でした。世界は広いなと思いました。これまでも生涯をかけてPCIを追及する決意でしたが、もっともっと頑張らないといけないと、覚悟を新たにしました。また、頂いた経験と知識を確実に自分のものにして、日本の患者様に提供するという使命感も感じております。この経験を必ず活かし、患者様のために良いPCIができるよう、もっと努力していきたいと思います。
2025.3 済生会宇都宮病院 松村英斉
サポーターからの追記:香港ワークショップの振り返り
海外でのワークショップは、一種の修行とも言える貴重な経験です。私自身も約6年前に参加したことを、昨日のことのように思い出しながら香港へ向かいました。
今回は監督的な立場で、基本的には口を出さず、松村先生が主導して手技を進めるというプランでした。海外でのPCIでは時間に制約があり、一日に多くの症例をこなさなければなりません。そのため、一つのCTO症例に長時間を割くことは難しく、デバイスの制限があるうえ、セカンドオペレーターがCTOに精通していない場合もあります。私が行った際も1日に3例4例と次々に症例を提示されたのを覚えています。こうした限られた環境の中で、いかに迅速かつ安全に治療を行うかが求められます。そのためには、日頃から時間を意識し、迅速な判断を下し、平常心で次の戦略へ移ることが重要です。
それらを踏まえ、Eugene先生は、CTO-PCIにおいて**「Speed(速度)、Safety(安全性)、Success(成功)」**の3つのSを強く意識すべきだとおっしゃっていました。
私が香港に到着したのは、松村先生のワークショップが始まって1週間後でした。先生はこの3つのSをしっかり理解し、日本で拝見したときよりも判断の切り替えが格段に速くなっていると感じました。
私が立ち会っている際に、不成功例が1例あったことには、非常に責任を感じています。しかし、ビル・ゲイツの「成功から学ぶことは少ない。失敗からこそ学べ。」という言葉の通り、この経験を次に活かしていくことが大切です。また、私自身にとっても忘れられない症例となりました。
松村先生の技術は非常に素晴らしく、Eugene先生からも高く評価されていました。今回の経験を通じて、技術面だけでなく精神的にも大きく成長されたのではないかと思います。疲労がたまる時期に、わずかながらお手伝いできたこと、ディスカッションを重ね、一緒に手技に入る機会をいただけたことは、私にとっても貴重で楽しい経験でした。また、一回り年下の松村先生の手技を拝見し、自分もまだまだ上達しなければならないと強く刺激を受けました。
このような機会をくださった土金先生、永松先生に、改めて心より感謝申し上げます。
最後に、火鍋の件はすみません……。私も初めて行ったとき、土金先生にパクチーたっぷりの火鍋を食べさせていただきましたので、つい…(笑)。那須赤十字病院循環器内科 景山倫也